top of page
%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%

 

                     境内案内図

ご覧になりたい文字をクリック(ダブルタップ)してください。

phonto 2.PNG
楯原神社
本堂
DSC09496-min.jpg
ラベル

本堂

大永年間(1521年)以後、兵火震災にあい、諸堂は消失した。現在の本堂は享保年間(1716年)に再建されたものである。​​

当寺の所在する喜連(きれ)は「住吉の東一里許に喜連村というあり、河内の堺なり。

昔は河内に属して万葉に河内国伎人郷とある処なるを久礼(くれ)を訛って喜連というなり」と『古事記伝』にも言及されている古い地名である。如願寺も当初は「喜連寺」として創建された。

 

伝承によれば、用明天皇の時代、聖徳太子が仏法興隆の地として当寺を建てたと言われている。

かつて西には阿弥陀寺、東に弥勒寺、南に薬師如来をまつる湯谷寺、その他別院として橋本寺・松本寺・善法寺・高野寺を擁する大伽藍であったという。

その後堂宇は縮小したが、230年後の 弘仁8年(817年)、空海(弘法大師)が高野山巡錫のみぎり、この霊場に詣で、その衰退を悲嘆し、杖を立てそれが朽ちないうちに再建の願いを立て上京し、勅許を蒙(こうむ)って来てみると杖は植木の如くになっていた。弘仁11年、諸堂を再建し、この時「如願寺」と寺名を改め、脇侍不動明王毘沙門天を自作安置し、鎮守堂を建立したという。

​​

 

弥勒堂
弥勒堂
ラベル

みろくどう

弥勒堂

弥勒堂内_edited-min.jpg

弥勒菩薩さまがまつられています。

 

法事にもご利用いただけます。

ご家族、ご親戚みな様でお集まりいただけます。

​座椅子もご準備しています。お問い合わせください

お不動さん
DSC09550 2-min.JPG
ラベル

水かけ

一願不動尊

すばる庵
IMG_2C3B3D489628-1-min.jpeg

​体験型宿坊として

開業いたしました。

コロナ感染拡大防止の為

1日1組様限定でご案内しています。

​詳しくはこちらをご覧ください。

​      --------テラハクのご案内

すばる庵外切り取り.jpg
ラベル

すばる庵

茶室
ラベル

茶室

書院茶室-min.jpg
ラベル

寺務所

くり

お尋ねの際はこちらにお越しください。

インターホンが​ございます。

 御朱印もこちらまで。

          

          -----受付時間のご案内

庫裏の奥には8畳のお茶室があり、
​体験も承っております。
​  ¥¥¥¥¥¥-------文化体験のご案内

聖地

従来のお墓から

       永代供養墓

​ 他の方と共有しない、

 個人・ご夫婦・ご先祖様のお墓

  〜合祀まで

様々なタイプをご用意しています。

緑ゆたか、設備も充実

​行き届いた清掃を心がけています。

   

​   ----詳しくはこちら

​ 

めもりある1.jpg
ラベル

 聖地     〜宗派不問​〜 

お墓.jpg
めもりある2.jpg
%E3%81%93%E3%81%93%E3%82%8Dmin_edited.jp
IMG_4682.PNG

 動物伴侶墓 こころ

大切な家族の一員である ペットのための

永代供養墓

納骨だけでなく、

年3回春、

秋のお彼岸・お盆の回向を

​行っております。

​----詳しくはこちら

こころ
庭園
ラベル
IMG_4853-min.JPG
P1040754-min.JPG

 庭園    季はお休みしています

P1040755-min.JPG
DSC08698-min.JPG

四季おりおりの花をお楽しみください。

文化財

御本尊・聖観世音菩薩

欅材の一木彫成。

聖観音立像の通有の像容で右手は体側に沿うて

垂下し与願印を作り左手は後補の蓮蕾を把持し

胸の高さまで上げている。

右手の指端と腕の関節から手掌までの部分とが

後補であるほかは原状を止めている。

 

衣紋の表現は全体に浅いが弱いながらも翻波の

趣致をうかがうことができる。正面観は細身で

腰を左に捻じり、裾を張らせている点が印象的

である。側面観は正面観に比して意外に重厚の

感があり腰奥なども深い。極彩色ではないが

色彩仕上げであり裳の文様は格子の中に簡略化

した花菱文、あるいは梅鉢文を散らしている。

 

 平安時代前期の末頃の製作と察せられる。

 総高205㎝

通常厨子の扉は閉じられていますが、8月9日10日の千日會では

開扉され、手元に結縁綱という五色の紐が結ばれます。

綱に触れることによって観音様とご縁を結んでいただけます。

本尊編集後 2-min.jpg

大阪府指定有形文化財(彫刻)

  如願寺木造色彩聖観音立像

指定年月日昭和46年3月31日 

      大阪府教育委員会

木造地蔵菩薩

本像は寄木造ですが、体部の根幹はほぼ一木造です。髪際相と白毫相は現状ではあらわさず、腹前には裙(はだぎ)の結び紐がのぞく、いわゆる「腹帯地蔵」の形式をとっています。

 

細く切れ長の眼、ふくよかで小振りの唇、丸みを帯びた頬など、穏やかな面相を示しています。浅い彫り口の上品な衣文には、作者の優れた彫技がうかがえます。なで肩ながら堂々とした体躯で、体奥はさほど深くなく、動きを抑えて足を揃えて直立する姿となっています。また、白土下地の彩色が良く残されています。

 

こうした穏やかな表情、上品な衣文、足を揃えて直立する姿など、本像は全体に平安時代後期に流行した定朝様の特色を顕著に示しています。

 

平安時代後期、十二世紀後半頃の製作と考えられ、大阪に残る古い地蔵菩薩像の貴重な事例であり、平安時代後期の仏教美術を知るうえでも重要な史料です。像高九十一・二㎝

 

本像は、本堂内陣に向かって右側に安置されています。

tempImage8616yQ-min.jpg

大阪市指定有形文化財(美術工芸品)

木造地蔵菩薩立像

指定年月日 平成25年3月31日

大阪市教育委員会

長享7年(1494年)〜元和7年(1621年)

  室町時代・江戸時代 筆写
 

密教儀軌は、真言密教の諸仏を本尊にして、

修法の誦文や次第、マントラ(真言)祈願の

手順、諸尊や法具の配置など、修法にかかる

すべてを書き記したもので師から弟子に

秘儀とともに相伝される。

如願寺に伝来する史料は、第18代住職土井

乗慶が醍醐三宝院の随心院執事宥照から一括

してもたらされたもので、奥書から元和七年(1621)に高野山で下野国足利庄名草郷の

住人甚宗房によって書写されたものである。
室町、江戸時代初期に遡る一括した聖教史料は

市内では極めて珍しい。

寺では「尊法の次第」と称される。
 

如願寺ではこの儀軌のうち「当年星儀軌」

および「北斗儀軌」を用いて、現在も毎年2月

3日に星供の修法を行っており、仏教民俗の

生きた史料としての側面もあわせ持つ。

密教儀軌
​みっきょうぎき

密教儀軌-min.jpg
密教儀軌3.png
密教儀軌1.png
密教儀軌2.png

法量:各16.6×16.4cm

大阪市指定有形文化財 部門(歴史資料)

指定年月日 平成二十二年 

大阪市教育委員会

木造弥勒菩薩坐像
もくぞうみろくぼさつざぞう

像高 五十七㎝、玉眼を入れた寄木造像で、肉身部は金泥で彩色し、衣部には漆箔を施す。

 

頭上には単髻を結い、毛筋彫りを施す。列弁帯と紐からなる天冠台を彫出する。地髪には毛束をあらわし、さらに毛筋彫りを施す。頭部は薄い群青で彩色する。金銅製の宝冠を戴く。

 

額には白毫相をあらわし、水晶を嵌入する。眉には墨を乗せ、均整のとれた弧を描く。半眼で目尻がやや上がる。鼻孔を彫出し、小鼻はほとんどあらわさない。口唇は小さい。耳には髪が一条かかる。耳は環状で貫通する。

 

首には三道相をあらわし、金銅製の瓔珞を着ける。服制は、柄衣、福杉、裙を着す。柄衣は左肩から腹前にかかって、さらに右肘下を通って背面に抜ける。左肩から腹前にかかる柄衣は、一段折り返されている。福杉は、柄衣の下に着し、右肩からかかり、たるみをあらわしてから、右腹前で柄衣はたくしこまれる。腹前には裙の上端がのぞく。衲衣の一端は膝前の正面を覆い、裳先に及ぶ。膝前の裙には、太い紐状の文を幾重にも重ねてあらわす。

 

右手は屈臂して膝前で、掌を上にして、第一指と第三指を捻じる。左手は屈臂して胸前で五指を捻じ、柄付の宝塔を執る。宝塔には漆箔を施す。

 

構造は寄木造で、頭部は前後に二材を寄せ、底を彫り残したまま、三道下で挿首する。単髻は別材である。体部の根幹は前後に二材を寄せ、両体側に縦に一材ずつを当てて、地付まで彫出する。根幹材と両体側材は丁寧に内刳りを施し、前面材の下端に二本の束を彫り残して、この束から背面材に梁をあてている。両体側材も袖と接する部分は彫り残して、袖と接合させている。右手袖先、左手袖の外側と内側、両手首先は別材で彫出する。膝前は横一材で、像底は五㎝ほど内刳りして底上げする。裳先は別材である。

 

光背は宝塔を伴った挙身光、台座は蓮座、岩座、礼盤からなる。

 

 

宮内法橋 については、神戸佳文「大阪仏師『宮内法橋』」(兵庫県立博物館『塵界』192008)をはじめとする研究があり、全国で250例を超える作例が知られている。工房は銘記のように、本町五丁目にあった。初代の作例は十数例で、作風は比較的穏やかな面相が特色であり、二代への交替時期は延宝四年(1676)頃とされる。三代の作例は一例と少なく、二代の作例が最も多い。二代の作風は、目がかなり細く切れ長であること、下衣の折り畳み部分に縦方向に太い線を刻むことなどがあげられている。この研究を踏まえれば、本像は二代の宮内法橋の作例となる。大阪市域に伝来する、大坂仏師による近世在銘彫刻の貴重な作例である。

像には底板はなく、体部根幹の背面材に、墨書で「寛文八年 大坂本町五丁目安阿弥流大仏師宮内法橋宗慶戊辰申二月吉日」と記す。この銘記から、十七世紀後半から十八世紀前半にかけて、三代に渡って活動した大坂仏師の宮内法橋が関与した作例とわかる。

IMG_0024.JPG

大阪市指定有形文化財 

部門 美術工芸品(彫刻)

指定年月日 令和七年 

大阪市教育委員会

  • Instagram
     547-0027
大阪市平野区喜連6-1-38   
Tel.06-6709-2510 Fax.06-6769-2720
​真言宗 霊峰山 如願寺
すばる庵所在地 大阪市平野区喜連6-1-49
bottom of page